この曲は、誰かに聴かせるためだけに作った歌ではない。

俺が、ひとりのクライアントと向き合って、

その人が歩いてきた時間を聞いて、

言葉にならなかった感情を拾って、

ひとつの物語にした曲だ。

タイトルは、

「私だけのシンデレラストーリー」

でも、この曲に出てくるシンデレラは、

王子様が迎えに来るのを待っている女性ではない。

自分の足で立って、

自分の手で未来を掴もうとしている女性だ。

だから俺は、この曲をただの応援歌にはしたくなかった。

夢を追いかけている人なら誰でも言えるような言葉を並べるのではなく、

その人にしか書けない人生を、そのまま歌にしたかった。

言葉にできなかった想いを歌にした「私だけのシンデレラストーリー」
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シンデレラは、最初から強かったわけではない。

歌の中に、こんな場面がある。

「靴が濡れた帰り道」

「言えなかった悔しさ」

「泣きそうな顔を隠したまま、頷くだけの夜」

人生を変えようとすると、

いつも映画みたいな出来事が起きるわけではない。

むしろ、本当に人を変えるのは、

誰にも見られていない夜だったりする。

悔しいのに何も言えなかった日。

もう無理かもしれないと思った日。

強がって「大丈夫です」と言いながら、

帰り道でひとりになった瞬間、急に苦しくなる日。

そういう時間を越えて、人は少しずつ変わっていく。

だからこの曲では、

成功した姿だけを書かなかった。

そこへ行くまでに流した涙も、

弱かった自分も、

立ち止まった夜も、

全部、物語の中に残した。

俺は、そこを消してしまったら、

この歌を作る意味がないと思った。

「夢は叶う」は、綺麗事として書いた言葉ではない。

この曲には何度も、

「夢は叶う」

という言葉が出てくる。

世の中には、この言葉を綺麗事だと思う人もいる。

確かに、何もしなくても願えば叶うなら、

世の中はとっくに夢を叶えた人だらけだ。

でも、この曲で言いたかったのは、そういうことではない。

夢を叶える人には、

途中で何度も「もう無理かもしれない」と思う瞬間がある。

それでも、もう一度立つ。

もう一度手を伸ばす。

もう一度信じる。

その繰り返しの先に、

ようやく未来が変わっていく。

だから、

「夢は叶う」

という言葉は、綺麗な言葉ではない。

何度転んでも立ち上がった人が、

最後まで手放さなかった言葉なんだ。

この曲には、もうひとり主人公がいる。

「私だけのシンデレラストーリー」は、

ひとりの女性の物語だ。

でも実は、この曲にはもうひとり、

ずっと物語の中にいる人がいる。

それが、

「あなた」

だ。

背中を見せてくれた人。

厳しい言葉を言ってくれた人。

弱さを見抜いてくれた人。

大丈夫だと信じてくれた人。

人は、自分ひとりで強くなったように思ってしまうことがある。

でも振り返ると、

人生の節目には必ず、

自分より先に自分の可能性を信じてくれた誰かがいる。

この曲の中の「あなた」は、

何でも助けてくれる存在ではない。

代わりに人生を歩いてくれるわけでもない。

ただ、

「お前なら行ける」

ということを、

言葉や背中で教え続けてくれる人だ。

俺は、それが本当の優しさだと思っている。

何でもしてあげることが愛ではない。

時には厳しいことを言って、

本人が自分の足で立てる場所まで連れていく。

だからCメロには、

「誰より厳しくて、誰より優しい人」

という言葉を入れた。

厳しさと優しさは、

本当は反対側にあるものではない。

本気でその人の未来を考えたとき、

優しいだけでは言えない言葉がある。

王子様を待たないシンデレラを書きたかった。

俺がこの曲で一番書きたかったのは、ここかもしれない。

昔話のシンデレラは、

王子様に見つけてもらうことで物語が動いていく。

でも、この曲の主人公は違う。

「私の未来は自分の足で選ぶ」

そう決めている。

誰かに人生を変えてもらうのではない。

誰かに幸せにしてもらうのでもない。

自分で選ぶ。

自分で歩く。

自分で掴む。

その上で、隣にいてほしい人がいる。

俺は、そういうシンデレラを書きたかった。

依存ではなく、尊敬。

救済ではなく、成長。

「あなたがいないと生きていけない」ではなく、

「あなたがいてくれたから、私は私として歩けるようになった」

そんな関係だ。

「途中のヒロインのまま終わりたくない。」

俺は、この一文がかなり好きだ。

人生の途中って、だいたい格好悪い。

まだ結果は出ていない。

まだ自信もない。

何者でもない。

周りから見れば、

「本当にそれ大丈夫?」と言われるような時期もある。

でも、物語というのは、

途中だけ見れば大体意味がわからない。

シンデレラだって、

ガラスの靴を履く前だけ切り取ったら、ただ掃除をしている女性だ。

だから人は、自分の人生を途中で判断してはいけない。

今がうまくいっていないからといって、

物語まで終わったわけではない。

この曲の主人公も、

「まだ終わらせない」

と何度も歌う。

これは強がりではない。

自分の夢を、

自分で途中で終わらせないという宣言だ。

実話だから、書けた歌がある。

俺はコピーライターでもある。

普段から言葉を仕事にしている。

だからこそ、

綺麗な言葉だけなら、いくらでも作れる。

でも、人の心に残る言葉は、

上手な言葉とは限らない。

その人にしか言えない言葉。

その人が実際に泣いた夜。

その人が言われて救われた一言。

その人が何度も諦めかけた夢。

そういうものに触れたとき、

初めて言葉に体温が宿る。

「私だけのシンデレラストーリー」は、

俺がゼロから空想して作った物語ではない。

ひとりの夢を叶えたい女性が実際に生きてきた時間を、

俺なりに受け取って、

歌として残したものだ。

だから俺にとって、この曲は作品であると同時に、

ひとりの人生の記録でもある。

人生には、自分だけの歌がある。

人はみんな、

自分の人生なんて大したことないと思いがちだ。

でも俺は、そうは思わない。

誰にも言わなかった悔しさがある。

一度だけ本気で逃げたかった夜がある。

それでも諦めなかったものがある。

ずっと忘れられない誰かの言葉がある。

それだけで、もう物語は始まっている。

有名人になる必要なんてない。

大きな成功をする必要もない。

ひとりの人生を丁寧に見れば、

そこには必ず歌になる瞬間がある。

「私だけのシンデレラストーリー」は、

ひとりのクライアントのために作った曲だ。

でもきっと、

まだ物語の途中にいる人にも届く歌だと思っている。

今、結果が出ていなくてもいい。

まだヒロインの途中でもいい。

ガラスの靴なんて、まだ見つからなくてもいい。

物語は、まだ終わっていない。

最後に誰かに人生を変えてもらう必要もない。

自分の足で歩いて、

自分の手で掴みに行けばいい。

だってシンデレラストーリーは、

誰かから与えられるものではない。

自分で続きを書いていくものだから。

あの日、言えなかった涙まで歌にした
『私だけのシンデレラストーリー』
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