「ありがとう」には、期限がある。
「ありがとう」なんて、
たった五文字だ。
なのに人は、
一番言わなきゃいけない相手ほど、
その五文字を言わない。
知らない人にドアを開けてもらえば、
「ありがとうございます。」
店員さんが料理を運んでくれれば、
「ありがとうございます。」
ちゃんと言える。
でも、
毎朝ご飯を作ってくれた母親には言わない。
何十年も家族のために働いた父親にも言わない。
隣にいてくれる恋人にも。
黙って支えてくれる友達にも。
なぜか、
近くにいる人ほど、感謝は無言になる。
俺はこれが、
人間の少し不思議で、少し悲しいところだと思ってる。
「また今度」があると思うから、言えなくなる
母親には、また会える。
父親には、また電話できる。
恋人とは、明日も話せる。
友達には、そのうち伝えればいい。
だから、
「今日はいいか。」
になる。
照れくさいから、また今度。
改まって言うのも変だから、また今度。
何となく恥ずかしいから、また今度。
そうやって、
一番伝えたい言葉だけが、
今日から明日へ。
明日から来週へ。
来週から来年へ運ばれていく。
でも、
人生には時々、
「また今度」が突然なくなる日がある。
最後の会話は、最後だと知らずに始まる
人生最後の日には、、
「これが最後の会話です」
なんて教えてくれない。
いつも通りなんだよ。
「じゃあ行ってくる。」
「うん、いってらっしゃい。」
「また連絡するわ。」
「はいはい。」
そんな、
何百回も繰り返したような会話が、
あとから振り返れば、
最後になっていることがある。
だから人は、
最後だと知っていたら言ったはずの言葉を、
最後だと知らなかったから言えないまま別れる。
「ありがとう。」
「ごめんな。」
「大好きだよ。」
「あなたの子どもでよかった。」
「あなたに会えてよかった。」
本当はずっと、
心の中にあったのにな。
いつもの一言が、いつか一番恋しくなる
朝起きたら、
台所から聞こえていた音。
玄関に並んでいた靴。
いつもの席に座っていた人。
スマホを開けば届いていた、
どうでもいいようなメッセージ。
「ちゃんとご飯食べた?」
「何時に帰ってくる?」
「体に気をつけろよ。」
その時は、
少しうるさく感じることさえある。
でも、
二度と届かなくなった瞬間、
人は気づく。
あれは、
ただのメッセージじゃなかった。
自分を気にかけてくれる人がいる証拠だったんだって。
人間は不思議だ。
ある時には慣れてしまう。
なくなった時に、
どれほど大きなものをもらっていたのかを知る。
だから俺は思う。
感謝ってのは、
失ってから気づくためにあるんじゃない。
まだ隣にいるうちに、気づくためにある。
「ありがとう」は、恩を返す言葉じゃない
立派な恩返しなんてしなくていい。
親に家を買えなくてもいい。
豪華な旅行に連れていけなくてもいい。
何万円もするプレゼントなんてなくてもいい。
電話一本でもいい。
飯を食いながらでもいい。
帰り際でもいい。
たった一言でいい。
「ありがとう。」
それだけでいい。
「ちゃんと受け取ったよ」 「忘れてないよ」 「ありがとう」
あなたがしてくれたことを、
俺はちゃんと覚えている。
その事実を相手に渡す言葉だ。
自分のしたことが、
誰かの人生の中にちゃんと残っている。
それを知れるだけで、
人は救われることがある。
言えなかった後悔は一生消えない
急に親へ、
「ありがとう。」
なんて言ったら、
「どうしたの急に。」
って笑われるかもしれない。
恋人に、
「出会ってくれてありがとう。」
なんて言えば、
「何それ。」
って笑われるかもしれない。
それでいいじゃないか。
笑われたって、
数秒だ。
でも、
言いたかったのに言えなかった言葉は、
何年経っても思い出すことがある。
だったら俺は、
少しくらい恥ずかしい方を選びたい。
人生で一番大切な言葉に、締切は書いていない
「ありがとう。」
「ごめん。」
「愛してる。」
「会えてよかった。」
こういう言葉には、
賞味期限が書いてない。
だから人は、
いつでも言えると思ってしまう。
でも本当は違う。
言葉には、伝えられる時間がある。
相手が目の前にいて、
声が届いて、
まだ笑って返してくれる。
その時間だけだ。
だから、
一番伝えたい言葉ほど、
最後まで取っておくな。
人生は、
大切な言葉から先に使っていい。
今日、
家に帰ったら。
電話でもいい。
LINEでもいい。
隣にいるなら、
そのまま口にすればいい。
理由なんて説明しなくていい。
ただ、
いつもより少しだけ相手の顔を見て、
言えばいい。
「ありがとう。」
たった五文字だ。
でもその五文字は、
いつか言えなくなった時、
何百万円払っても取り戻せない。
だから俺は、
伝えたい言葉を明日に預けない。
大切な人が、
まだ「ありがとう」と返してくれる今日に、
ちゃんと伝える。


